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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)648号 判決

控訴人 被告 毎日殖産無尽株式会社 訴訟承継人 大平殖産無尽株式会社代表者清算人 萩原政彦 代理人 山田友記

被控訴人 原告 谷脇信義 代理人 林原吉春 外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金四十万円及びこれに対する昭和二十六年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その三を控訴人の負担とする。

本判決は被控訴人において金十万円の担保を供するときは、その勝訴の部分に限り仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、(一)訴外第一興産株式会社(以下第一興産と略称)は、その本店を熊本市花畑町九十五番地の四に置き、納税積立、匿名出資会員を募り同出資金を管理し、これを会員間に融通すること等を目的とし、資本の総額金三十万円をもつて昭和二十四年一月三十一日設立登記を了し、その代表取締役は訴外三善信房(同人は昭和二十五年三月辞任し同年十二月八日その旨の登記をしている)芝清外一名となつていたところ、大蔵省から昭和二十四年十月一日以降新規募集を停止され、その整理に移つた。毎日殖産無尽株式会社(以下毎日無尽と略称)はその本店を熊本市花畑町九十五番地の四に置き、無尽業法による無尽業を目的とし、資本の総額金二千万円をもつて昭和二十五年一月二十七日設立登記を了し、その代表取締役は訴外三善信房、専務取締役は訴外芝清(同人は昭和二十五年三月中平取締役)となつていた。

而して控訴人大平殖産無尽株式会社は昭和二十六年五月二十四日毎日無尽と有明殖産無尽株式会社とが合併して設立された無尽会社である。(二)前記第一興産では、その整理すなわち債権の取立及び債務の支払につき、昭和二十五年三月頃以降代表取締役芝清がもつぱらその衝に当つていたが、(イ)債権者に対する支払資金に窮し、同年五月頃から同人は社長三善信房名義をもつて約束手形を振り出し被控訴人から右資金を借り入れていたところ、同年八月初において数口併せて金四十万円になつたので、被控訴人の要請により毎日無尽の代表取締役三善信房名義の約束手形を交付することとなつた。当時芝清は毎日無尽においては平取締役にすぎなかつたが、同人はかねて毎日無尽代表取締役三善信房、専務取締役芝清の印影のある手形用紙を所持していたのを奇貨とし、これを北島晴明に交付し、同人はこれに遠山忠をして署名調印せしめ、昭和二十五年八月五日振出、支払期日同年九月四日、額面四十万円、宛名谷脇信義とする約束手形(甲第一号証)を被控訴人に交付して以前の手形を取り戻させた。(ロ)第一興産代表取締役芝清は昭和二十五年九月三日額面十万円支払期日同年十月四日とする第一興産代表取締役三善信房なる宛名の記載のない約束手形(甲第二号証)を北島晴明に交付し、北島及び遠山に連署せしめて被控訴人に交付せしめ金十万円を借り入れ、更に同年九月十四日右手形の金額を二十万円と訂正せしめ金十万円を借り入れ、後に十万円を返済せしめて額面金額の「弐」を抹消させた。(ハ)第一興産代表取締役芝清は昭和二十五年十月十日、支払期日同月十四日、額面十五万円を四万円と訂正せしめて毎日無尽代表取締役三善信房の印鑑を冒用し、同会社の社員宮木政輔をして連署せしめた被控訴人宛の約束手形(甲第三号証)を差し入れしめ被控訴人から金四万円を借り入れた。(ニ)第一興産代表取締役芝清は昭和二十五年十月二十八日、支払期日同月三十一日、額面十万円を六万円に訂正し、振出資格のない北島晴明振出名義の約束手形(甲第四号証)を北島晴明に持参せしめて、被控訴人から金六万円を借り入れ、以上いずれも第一興産の整理資金にあてている。それで被控訴人は第一興産に対し、その返済を求むべきであつて、毎日無尽には何等関係のない貸借である。(三)すなわち(イ)昭和二十五年八月五日毎日無尽振出名義の約束手形の授受は、本来毎日無尽には関係のないところで第一興産の債務による手形の交付であつて、準消費貸借により毎日無尽の債務負担となるべき法律行為ではない。借主でない毎日無尽としては、代表取締役三善信房の意思表示により債務者の交替による更改契約でもあれば格別、三善社長のかかる意思表示のない以上毎日無尽の債務とはならない。(ロ)仮に芝清が毎日無尽の平取締役として右更改契約をなしたとすれば、同人は第一興産の代表者であつて毎日無尽の代表という双方代理による無効であり且毎日無尽の代理権のなかつたものの行為として無効である。(ハ)仮に右主張が理由なしとするも芝清は毎日無尽の代表権を有せず、また毎日無尽代表取締役三善信房から代理権を授受されていたものでもないから、芝清の行為は無権代理人の行為で追認のない限り毎日無尽に責任はないのである。(ニ)仮に北島晴明及び遠山忠の言により被控訴人が芝に右代理権ありと信じたとしても、芝は全然代理権なきものまた北島、遠山も代理権はないので、表見代理の法理により右行為が有効となるべきものではない。(ホ)更に毎日無尽の代表取締役三善信房は、北島晴明及び遠山忠に対し被控訴人から数回に亘り計金四十万円の借入方を委任したことはないから従つて借り入れたことのないものの切換も委任したことはないので、全然代理権のない北島及び遠山が毎日無尽の債務を認めて被控訴人に対し、額面四十万円の約束手形を交付したとしても、民法第百十条の表見代理の規定の適用はない。

以上いずれの点からしても本件四十万円の貸借については毎日無尽のため効力を生ぜず同会社には全然責任はないのである。(四)(イ)芝清が北島晴明に対し、昭和二十五年九月三日第一興産振出の額面十万円の約束手形(甲第二号証)を交付し、被控訴人から金十万円を借用せしめ、更に同月十四日金十万円を借用せしめたことについては、本来北島及び遠山両名が毎日無尽の社員であつたとしても、右両名は毎日無尽の三善代表取締役の代理人ではないので無権代理人の行為であるから代理権ありと信ずべき正当の理由あるものに該当しない。(ロ)被控訴人は右約束手形によつて毎日無尽に対し金二十万円を貸与したとなすについては過失がある。すなわち毎日無尽振出の形跡なく第一興産の表示しかない約束手形をよく見て確認するにおいては、毎日無尽に対する貸付ではなく第一興産に対する貸付であることが明らかである。(五)芝清が昭和二十五年十月十日毎日無尽振出名義の額面四万円の約束手形(甲第三号証)によつて、第一興産の社員宮木政輔をして被控訴人から金四万円を借用せしめたことについては、毎日無尽は何等関係なく宮木政輔の無権代理行為であるから、民法第百十条の表見代理の規定の適用はない。(六)芝清が昭和二十五年十月二十八日毎日無尽振出名義の額面六万円の約束手形(甲第四号証)をもつて、北島晴明をして被控訴人から金六万円を借用せしめたことについては、三善社長は知らないのであり、単に北島が毎日無尽の社員であるとの一事により表見代理行為として毎日無尽が責任を負うべきものではない。(七)毎日無尽の目的は「無尽業法による無尽業」であつて、第一興産の整理資金を他から調達して第一興産に回付するが如きは、その目的の範囲外に属する。従つて毎日無尽の代表取締役三善信房にも他の取締役芝清にもかかる行為に関しては代表権はないのであるから、本件貸借につき毎日無尽には責任はない。(八)第一興産の代表取締役芝清は、その整理資金の調達に腐心の末、毎日無尽の取締役であるのを奇貨としその代表取締役三善信房の資格並に名義を冒用し、みずからまたその専務取締役なるが如く詐称し、被控訴人をして真実毎日無尽が借用するものの如く装い欺罔し、借用名義の下に本件金員を被控訴人から騙取したものであつて、本件貸借は代表権のない芝清の不法行為に属するので、毎日無尽にはその責任はないと述べ、乙第十八、第十九号証の各一、二、第二十、第二十一号証を提出し、当審証人遠山忠(第一回)、宮木政輔、三善信房(第一、二回)、芝清、佐竹一之、中尾万次、松崎峰雄の各証言を援用し、被控訴代理人において控訴代理人の前記主張事実中被控訴人の主張に反する部分を否認し、当審証人遠山忠(第一、二回)、松崎峰雄の各証言及び当審における被控訴本人訊問の結果(第一、二回)を援用し、乙第十八、第十九号証の各一、二、第二十、第二十一号証の各成立を認めた外、原判決当該摘示と同一であるから、これが記載を引用する。

理由

控訴会社が毎日殖産無尽株式会社と有明殖産無尽株式会社との合併により設立されたものであることは当事者間に争がない。

よつて被控訴人と毎日殖産無尽株式会社との間に、被控訴人主張の如き消費貸借契約が締結されたか否かについて考察することとする。

毎日殖産無尽株式会社取締役社長三善信房名下の印影の部分の成立につき争なく、当審証人芝清の証言により専務取締役芝清名下の印影の成立を認め得る甲第一号証、成立に争のない乙第三号証の供述記載と当審証人遠山忠の証言(第一回)とを綜合して北島晴明の記名捺印の部分及び遠山忠の記名拇印の部分の各成立を認め得る甲第二号証、毎日殖産無尽株式会社取締役社長三善信房名下の印影の部分の成立につき争なく、当審証人宮木政輔の証言により宮木政輔の署名拇印の部分の成立を認め得る甲第三号証、原審証人遠山忠の証言(第二回)により北島晴明名下の印影の部分の成立を認め得る甲第四号証の各約束手形が被控訴人の手裡に存する事実に、各成立に争のない乙第二乃至第九号証、第十一乃至第十四号証、第十六号証の各供述記載(但し第三号証、第八号証第十三号証は各一部)第二十、第二十一号証の各登記簿謄本、原審(第二回)並に当審(第一回)証人遠山忠、当審証人宮木政輔、三善信房(第一、二回)芝清、佐竹一之、中尾万次、松崎峰雄の各証言(但し遠山忠の原審(第二回)、芝清、三善信房(第一、二回)の各証言は一部)及び原審における毎日殖産無尽株式会社代表者三善信房本人訊問の結果並に当審における被控訴本人訊問の結果(第一、二回、但し第一回は一部)を綜合すれば、訴件三善信房、芝清、安川猪佐美等は、本店を熊本市花畑町九十五番地の四に置き納税積立、匿名出資会員を募り同出資金を管理しこれを会員間に融通すること等を目的とする資本の総額金三十万円の第一興産株式会社を設立し、右訴外人等三名がその代表取締役に就任し、昭和二十四年一月三十一日これが設立登記を経て、熊本市及びその周辺における加入者を募り主として日掛無尽の業務を営んでいたが、同年九月末監督官庁たる大蔵省から業務停止の命を受け、新規契約の募集による業務の継続ができなくなつたので、これに代わるものとして改めて無尽業法による無尽業を目的とする新会社の設立をもくろみ、同年十二月本店を旧会社と同所におき、資本の総額二千万円をもつて前記業務を目的とする毎日殖産無尽株式会社を設立するに至り、訴外三善信房はその代表取締役に、訴外芝清はその専務取締役にそれぞれ就任し、相ともに旧会社の整理並に新会社の運営につとめて来たところ、昭和二十五年三月大蔵省の通達により、代表取締役及び専務取締役の両社兼任を禁ぜられたため、三善信房は第一興産株式会社の代表取締役を辞任して(昭和二十五年十二月八日辞任登記)毎日殖産無尽株式会社のみの代表取締役となり、また芝清は毎日殖産無尽株式会社の専務取締役の職を退き単なる取締役となり、もつぱら旧会社たる第一興産株式会社の代表取締役としてその整理事務に従事することとなつた。ところが当時旧会社の経理状況は、貸付金の回収意の如く進まず反面未取口債権者の督促急にして、これが支払資金に窮する有様で、芝清はこれが対策として、やむなく他から融資を受けて急場をしのいでいたが、なお不足を生じ、かねて毎日殖産無尽株式会社宮原営業所(旧第一興産株式会社宮原営業所)長である訴件遠山忠に金策方を命じていたところ、同訴外人から同年六月頃金策の見込ある旨の通知に接したので、毎日殖産無尽株式会社の検査係員である訴外北島晴明に旨を含めて、同会社取締役社長三善信房振出名義の約束手形を持参せしめ前記宮原営業所に赴かしめ、遠山忠を介してその知人である被控訴人から金十万円を借り入れしめ、右約束手形を被控訴人に交付せしめたのを初めとし、その後同様にして同年八月初頃までの間に三回に亘り計金四十万円を借用せしめたが、同年八月五日に至り右三口計金四十万円の債務につき弁済期を同年九月四日とする一口の貸借に改めこれが借用証書代りとして、北島晴明をして所要事項を記載せしめ毎日殖産無尽株式会社取締役社長三善信房と表示した名下に自己の保管する同社長印を勝手に押捺し、なお専務取締役の肩書を附した自己の名下に自己の印鑑を押捺した金額四十万円の約束手形一通(甲第一号証)を遠山忠に連署せしめた上被控訴人に差し入れしめ、次に北島晴明及び遠山忠に命じて同年九月三日及び同月十四日の二回にいずれも弁済期を同年十月四日と定めて各金十万円計金二十万円を被控訴人から借り入れしめ、これが借用証書代りとして、同年九月三日附第一興産株式会社取締役社長三善信房と表示した名下に自己の保管する同社長印を勝手に押捺した金額十万円(後に同月十四日金十万円を借り入れしめた際金額の部分を二十万円に訂正)の約束手形一通(甲第二号証)を北島晴明及び遠山忠両名に連署せしめて被控訴人に差し入れしめ、次に北島晴明を介して第一興産株式会社の整理係兼毎日殖産無尽株式会社の外務員である宮木政輔に命じ、同年十月十日弁済期を同月十四日と定めて金四万円を被控訴人から借り入れしめ、これが借用証書代りとして宮木政輔に毎日殖産無尽株式会社取締役社長三善信房と表示した名下に自己の保管する同社長印を勝手に押捺した金額十五万円(貸借成立の際金額を四万円に訂正)の約束手形一通(甲第三号証)を宮木政輔に連署せしめて、被控訴人に差し入れしめ更に北島晴明に命じ同月二十八日被控訴人に対し、先に同年九月三日借り入れた金十万円を支払わしめ(この時前記甲第二号証の約束手形の金額を更に十万円に訂正)同日改めて被控訴人から金六万円を弁済期を同月三十一日と定めて借り入れしめこれが借用証書代りとして毎日殖産無尽株式会社北島晴明振出名義の金額十万円(貸借成立の際金額を六万円に訂正)の約束手形一通(甲第四号証)を差し入れしめたものであつて、右借用金はすべて第一興産株式会社の整理資金にあてられ、現在被控訴人に対し計金六十万円の残債務が存することを認めるに足り、右認定に反する前掲乙第三号証、第八号証、第十三号証の各供述記載及び原審証人遠山忠(第一、二回)、当審証人芝清、三善信房(第一、二回)の各証言は前記各証拠と対照して措信し難く、他にこれを動かすべき証拠は存しない。

そこで右消費貸借契約が毎日殖産無尽株式会社に対しその効力を生ずるか否かについて考えるに、前記認定の事実によれば、訴外芝清は前記金員貸借当時同会社の単なる取締役であつて同会社を代表する権限を有しなかつたのであるから、たとえ同人から本件金員の調達方を命ぜられた前記北島晴明、遠山忠及び宮木政輔等において右金員は同会社の運営資金にあてられるものと考え、被控訴人にその旨を伝え、被控訴人も亦これを信じて該金員を貸与したものであるとしても、本件金員の貸借は本来同会社の単なる取締役に過ぎない芝清が会社名義を冐用してなした無権代理行為乃至会社を代表する権限のない遠山忠、北島晴明、宮木政輔等の無権代理行為として、これにつき同会社の取締役会の追認等特段の事由のない限り、同会社にその効力を生ずるものではないといわなければならない。

しかしながら芝清が前記金四十万円の貸借について借用証書代りとして被控訴人に差し入れた約束手形(甲第一号証)には、前記認定の如く特に自己の肩書に毎日殖産無尽株式会社専務取締役なる名称を用いているので、右金四十万円の貸借について商法第二百六十二条の表見代表取締役の行為に関する規定の適用の有無につき審究するに、前示各証拠を綜合すれば、芝清は右貸借のなされた数ケ月前である昭和二十五年三月頃までは同会社の専務取締役の職にあつたのみならず、その職を辞した後も事実上同会社の業務執行にたずさわつており、当時同会社は旧会社である第一興産株式会社と事務所を共同で使用し(後に同会社は事務所を他に移転した)、会社の幹部及び使用人の大部分は両会社の事務を兼ね行い、その事務系統も判然区別せられていない状態であつて、殊に芝清が前記専務取締役の職を辞したことは社内の者すら殆んどこれを知らず依然同人を「専務」と呼称していた程であつたから、かかる会社内部の事情に通じない被控訴人としては、到底芝清が前記専務取締役を辞し単なる取締役であることを知る由もなく、(これを知らなかつたことにつき被控訴人に過失ありと認めるべき証拠は存しない)ただ北島晴明及び遠山忠等の言を信じ毎日殖産無尽株式会社に対し、その運営資金として融資する意思で右金四十万円を貸与したものであることを窺うに十分である。

ところで商法第二百六十二条の表見代表取締役の行為に関する規定は、株式会社が或る取締役に専務取締役等会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を附することを許した場合においてのみ、その取締役のなした行為につき会社が善意の第三者に対しその責に任ずる趣旨であつて、会社を代表する権限のない取締役が勝手に専務取締役なる名称を使用した場合には、その適用はないというべきであるが、本件の如く、以前専務取締役であつた者が単なる取締役になつた後、なお専務取締役の職にあるものと認められる状況の下において、専務取締役の名称を用いてなした行為については、その相手方が善意である限り、民法第百十二条の表見代理の規定の類推適用により、(取締役は会社の機関であつてその代理人ではないけれども機関の代表行為についても代理に関する民法の規定を類推適用すべきものと解する)会社はなお商法第二百六十二条の規定に基き、その取締役のなした行為につき責を負うべきものと解するのを相当とする。

してみれば毎日殖産無尽株式会社はその取締役である芝清が専務取締役の名称を使用して振り出した約束手形を借用証書代りに差し入れ、被控訴人から借り入れた前記金四十万円の貸借については、その責を免れ得ないといわざるを得ないので、同会社の権利義務を承継した控訴会社は被控訴人に対し右金四十万円の支払義務があるものと断ずべきである。

控訴人は、毎日殖産無尽株式会社の目的は「無尽業法による無尽業」を営むにあつて、第一興産株式会社のために整理資金を他から借り入れるが如き行為は、その目的の範囲外に属するので、取締役芝清のなした右消費借契約は毎日殖産無尽株式会社に対しては、その効力を生じない旨抗弁するけれども、芝清のなした前記金四十万円の消費貸借は、その行為の外形上客観的にみて、毎日殖産無尽株式会社の目的たる前記業務を遂行するに必要な行為と認められないことはないので、右消費貸借は同会社の目的の範囲内の行為であるというべきであつて、たとえ芝清が内心において前示金四十万円を第一興産株式会社の整理資金にあてる意思をもつて借り入れたとしても、それは単なる金員借入の動機縁由に過ぎないので、これがため右金員の貸借が毎日殖産無尽株式会社の目的の範囲外に属する無効の行為ということはできない。それで控訴人の前記抗弁は採用し難い。

次に控訴人は、芝清は毎日殖産無尽株式会社の代表取締役三善信房の資格並に名義を冐用し、またみずからその専務取締役なるが如く詐称し、被控訴人をして真実同会社が借用するものの如く誤信せしめ、被控訴人から借用名義の下に前記金四十万円を騙取したものであつて、右金四十万円の貸借は同会社を代表する権限のない同人の不法行為に属するので同会社にはその責任はない旨抗弁するけれども、芝清個人が本件金四十万円の貸借につき犯罪行為(不法行為)として刑事上の責任を負うべきものとしても、同人が毎日殖産無尽株式会社の表見代表取締役として同会社のためにすることを示して右賃借をなした以上(たとえその行為が内実同会社のためになしたものでなかつたとしても)右金員の貸主たる善意の被控訴人に対し、同会社は民事上の責任を免かれ得ないことには何等変りはないというべきであるから、控訴人の前記抗弁も亦理由がない。

ところで被控訴人は、本件貸借は前記金四十万円以外の分についても、芝清の外毎日殖産無尽株式会社の常務取締役安川某及び同会社宮原営業所長遠山忠が関与し、同会社のためにすることを示して借り入れたものであるから、同人等に会社を代表する権限がなかつたとしても、同会社はその責に任ずべきであると主張するので、按ずるに本件貸借中前記金四十万円以外の分については、その貸借成立の証明文書として借用証書代りに差し入れられた各約束手形(甲第二、三、四号証)には、そのいずれにも同会社専務取締役の肩書を附した芝清の振出人としての署名も記名捺印も存せず、むしろ昭和二十五年九月三日及び同月十四日貸借の各十万円に関する分には振出人として第一興産株式会社取締役社長三善信房、北島晴明、遠山忠の各記名捺印のみが存し、同年十月十日貸借の金四万円に関する分には、振出人として毎日殖産無尽株式会社取締役社長三善信房、宮木政輔の各記名捺印のみが存し、また同月二十八日貸借の金六万円に関する分には、振出人として毎日殖産無尽株式会社北島晴明の記名捺印が存するのみであつて、当時遠山忠は同会社の宮原営業所長、北島晴明は同会社の検査係員、宮木政輔は同会社の外務員兼第一興産株式会社の整理係で、いずれも同会社の単なる使用人に過ぎなかつたことは前認定のとおりであるから、右遠山忠、北島晴明、宮木政輔等に毎日殖産無尽株式会社を代表する権限のなかつたことは明らかであるのみならず、たとえ同人等が同会社の取締役芝清またはその常務取締役安川猪佐美の命により、被控訴人に対し同会社のためにすることを示して前記貸借をなしたとしても、芝清または安川猪佐美の代理人たることを示してこれらの貸借をなしたことを確認するに足る証拠も存しないので、結局これらの貸借には前記金四十万円の貸借に存するような事情は認められず、従つて芝清または安川猪佐美の表見代表行為として同会社にこれが責任を負わしめることは到底できないというべきである。

しからば右の点に関する被控訴人の主張は理由がないので控訴会社に対し前記金四十万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和二十六年二月四日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める範囲において、被控訴人の請求を認容すべく、その余はこれを棄却すべきである。

よつて右と一部趣を異にする原判決を変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第九十五条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 中村平四郎 裁判官 天野清治)

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